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心の秘密”ビリーフ”をお伝えするRFT心理学

心の構造

人。「人」は、どんな風に生きているのでしょう?
「人」はどんな振舞いをしていて、「人」の行動はどういう仕組みを持っているのでしょう?

心理学を理解されている方は、“感情”を入れて話さずにはいられないと思います。
生きることは、“感情”の働きと言えると思います。

“感情”は、「人」が人として生きるために必要なものと思われます。
“感情”を抜いて「人」を語ることは出来ません。“感情”のない自分を考えて頂ければご理解されるのではないでしょうか。
“感情”が無くなってしまうと、人は、行動意欲や、嗜好や、生きる目標を失ってしまうかも知れません。

私たちの行動のベースが、“感情の塊”(ビリーフ)であると分かると、“感情”の働きと共に、私たち「人」の振舞いや、生き方が理解が出来るように思います。

私たちの行動のベースは、「ビリーフ」と呼ばれる、過去の出来事で、自分を否定した時の“感情の塊”による、「反応」の発動の繰り返しです。

「反応」の発動の繰り返しと言うのは、自分の「ビリーフ」が誰かや何かによって刺激された時、無意識の領域で判断している、行動の原因が、次々と起こり続けることです。

私たちは、“感情の塊”である、「ビリーフ」がベースであるため、相手や何かが「反応」の原因と捉えて、自分の“感情”(「反応」、「心の痛み」)を相手や何かのせいと思う仕組みを持っています。

自分の“感情”のはけ口に、自分を理解してくれないと相手を責めたり、自分を責めたり、「人」のあり方は、「ビリーフ」がどのように積み重なっているかによって異なります。

「ビリーフ」の積み重なりは、人それぞれが成長の段階で、自分に合うように構築しています。
そのため、みんなが同じように、「ビリーフ」の発動によって行動を決めていても、それぞれが異なる行動をしたり、異なる考え方(思考)を持ちます。

「人」は、このような仕組みを持っていると言えます。
「人」の感覚や感性は、“ビリーフの感情”の煽りによるものです。

それでは、私たちが“感情”を感じている時、無意識の領域では何が起こっているのでしょうか?

「ビリーフ」は、行動のベースであるとお話しました。
「ビリーフ」は、ほとんどが、子供の頃に、誰かに何かを言われたり、誰かの表情を読み取ったり、雰囲気を感じ取ったりした際に、自分を否定した記憶です。
「自分ではダメだ」「自分は理解されない」「自分は独りだ」など、自己否定の記憶が、“感情の塊”と一緒に記録されて「ビリーフ」が作られます。

「ビリーフ」については、別のサイトでもご紹介していますので、ご紹介まで、しばらくお待ち下さい。

「ビリーフ」は、自己否定の記憶です。相手や何かが自分を否定したと感じ取った瞬間、過去の記録が、今の自分に再現されているように捉えます。
そのため、過去の心の痛みを守るために、「反応」が起こって、相手を責めたり、自分を責めたり、様々な行動を起こします。

私たちの行動の原因は、「過去の心の痛み」です。
「人」は、無意識の領域の「ビリーフ」をベースに、考え(思考)、行動し、生きていると言えると思います。

RFT(心理セラピーのツール)は、「ビリーフ」を優しくひも解いて、“感情の塊”を温かな安心感へと変化させることが出来ます。
「ビリーフ」が変化すると、私たちの考え(思考)や行動は、自分に居心地の良いあり方に変わると思います。


心の構造

私たちの心を一言で言い表そうとしても、誰もが「なるほど、こう」と言えるものではないと思います。
「人」の構造を語ることは簡単ではありませんが、心理セラピーのツールRFT(アールエフティー)を体験した上で知り得た限りを話させて頂きたいと思います。

私たちが、自分の「心」を理解することが出来るなら、何を心と呼び、どこまでを心と範囲付けるのかを、まず知りたいと思うのではないでしょうか。

「人」の心と一言で言っても、感謝や願いは「心から…」と書くので、これは心だと思います。では、私たちの持つ「悩み」は「心を痛める」と書くので、これも、心と呼ぶのでしょうか?

「心を痛める」という時、胸の中央を手で押さえながら伝えます。そもそも、心はどこにあると思われますか?胸の中央でしょうか?頭ですか?お腹ですか?

私たちの無意識の領域には、自分のことを誰よりも大事で、誰よりも守りたくて、誰よりも自分を優先しながら、自己否定の記憶(「ビリーフ」)を守って、他者との関係性をどのように構築するか学び取っているように思えます。

心理セラピーのツールであるRFT(レジスタント・フリーダム・セラピー)の講座や個人のご相談では、「心を痛める」という時には、体のどこで、何を感じているかをお尋ねしています。多くの方が、胸やお腹、体のどこかを教えてくれます。その部位がお腹だった場合はお腹も自分の心と呼ぶのでしょうか?それとも、胸の真ん中だけですか?

心臓を心と呼ぶ方もいらっしゃるでしょう。「心が痛む」と心臓に手を当てる方は、実はあまりお見かけしません。心臓の中心が心なのでしょうか?

ハートを「自分の心」と言うなら、そのハートのどこが「心の痛み」を起こしているのでしょうか。
「心の痛み」は、「心」で起こっているのでしょうか。

私たちの構造は、誰かから自分が、否定されたように感じた時、過去の記憶の“感情の塊”の「ビリーフ」が、否定された過去を想起して、「反応」を起こします。

その「反応」は、どこで起こっているのでしょうか?

「心」のあり方から見れば、自分の気持ちを優先して、自分の“感情”が優先されて、“感情”の煽りが優先されたために、「反応」を回避することが出来ない状態になっていると言えます。

「相手の気持ち」を大切にしたいと思い、「相手の振舞い」を見て考えて、相手に合わせることを基準に生きるのが私たち「人」の性質でありながら、自分の“感情の塊”の煽りが優先されて、「反応」を抑えられないという、無意識の領域では、複雑な構造を起こしていると考えられます。

私たちが、「ビリーフ」を優先する心の仕組みは、自分の「心」を誰よりも大事に捉えている自分への本質的な防衛心が、「本当の自分」の「反応」を表しているのかも知れません。

私たちの「反応」は、無意識の領域で起こっています。
無意識の領域に隠された「秘密」には、「ビリーフ」を持って生きることが、本来の生き方と思い込んだ、構造の持つ特有の自己否定があるのかもしれません。

私たちは、「素直な本当の気持ち」を隠して、「相手の見えない気持ち」を読み取りながら生きることが、お互いを知るために生み出した知恵なのかも知れません。

お互いを知ることは、自分を知る知恵になり、相手を知ることは、お互いを知ることになり、
お互いに心の輪を広げて、共に生きて行くための知恵を育て合っているのかも知れません。

「過去の記憶(「ビリーフ」」を、優しい声掛けで解消して、自分の心の痛みがほどけた時、私たちは、素直な気持ちで関わり合えるようになると思います。心理セラピーのツールRFT(アールエフティー)は、お互いをいたわり合う社会へと繋げて行く可能性があると思います。


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